第28回 最近の出来事から

2024.10.16コラム

 今年は、彼岸を境に、急に涼しくなりました。今では、あの暑かった夏は何だったのかと思うような穏やかな天気が続いています。

 10月9日は私が住む別所地区の秋祭りでした。昔から地区ごとの祭りの日が決まっていて、別所は各地区の先陣を切って9日、玉造は10日のように続いています。

 もう一つ、私たちが小学生だった時代は祭りのある地区の子どもたちは、授業は半ドン(午後が休みとなること)で、帰っていいということになっていました。秋祭りの時だけ神社の下に店が出て、家に帰ると、50円の小遣いをもらい、その店で「当てもん」などをするのが大きな楽しみでした。今では、半ドンもなくなり、店も来なくなり、寂しい限りです。これも少子高齢化の影響なのでしょうか。

 ところで、このお祭りの日の半ドンは、他の地域ではどうだったのか、いつ廃止されたのかということが疑問でしたが、先日の祭りの際この疑問が解けました。まず、他の地域での状況ですが、旧大原郡出身の宮司さんにお伺いしたところ、自分たちのところでもお祭りの日は半ドンだったと言われましたので、八束郡や大原郡では行われていたことがわかりました。ひょっとすると、島根県全体で行われていたかもしれません。

 次に、いつまで続いていたのかということですが、たまたま、昭和32年と33年生まれの人がそばにいて、聞いてみたところ、32年の人は半ドンを経験していましたが、33年の人は知らないといっていました。このことから、半ドンは昭和39年にはなくなっていたのではないでしょうか。昭和39年といえば東京オリンピックが行われ、経済成長の結果、少しずつ人々の暮らしが豊かになっていったことから、文化や歴史が重視されなくなり、人々の結びつきが薄れ、今の村落崩壊が始まっていった時代だったのではないでしょうか。

 今年のお祭りは、平日で雨の中という悪条件の下ではありましたが、お参りしたのは、私たち役員を含めても10軒ほどにすぎず、寂しいものでした。氏神さんが村落の絆の役割を果たしていた時代は過去のものとなりました。

 今、市では、宿泊税の導入、駅前整備、ガス局の民営化など私が市長時代に実現できなかった課題が次々と進展を見せています。議会や市民、関係者への説明を十分に行ってほしいと思います。

 その中で、テルサの撤去が問題となっています。テルサが建設されたのは私が市長に就任した2000年でした。テルサはもともと雇用促進事業団が雇用保険料を財源として建設したものですが、維持管理に多額を要するということで譲渡され、市ではこれを行政財産として引き継いだものです。市では老朽化を理由として撤去するといっていますが、まだ24年しか経っていないものを老朽化というのはどうでしょうか。そうではなく、駅前整備のためにどうしても撤去する必要があるということをもっと説明したらいいと思います。そして、いま行っている貸館業などは別の施設で代替できるということを説明したらいいと思います。

 先日、私の自治省の後輩で、前高岡市長の高橋さんから、今自分は高岡法科大学で自治法の講義などをしているが、前期の講座では私の回顧録「松江市政20年」を教本として使ったので、学生が私の話をぜひ聞きたいといっている。高岡に来て、話をしてほしいというお誘いを受けました。私の本を教材に使ってくれるとは、さすが後輩だと感謝、感激です。このお招きに応じて、今度、高岡に行ってきます。

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