第14回 歴代の助役・副市長(3)
先月25日から30日まで、東京に行ってきました。実に4年ぶりです。今から考えてみれば、一番暑い時期でしたが、歩き回りました。市長時代には行けなかったスカイツリー、有名などら焼き屋、東京国立博物館、KITTE(キッテ)、東大図書館、谷中の元下宿跡など。よく熱中症にならなかったものです。盆に入り、日差しは相変わらず厳しいですが、時々吹き渡る風は心地よく、秋を感じさせるものとなりつつあるように思います。
副市長の3代目は能海広明さんでした。能海さんは幅広い交友関係の持ち主です。そうした交友関係からたくさんの情報を取得し、現実的な判断をする方でした。私はどちらかというと理屈が先行するタイプですので、能海さんとの取り合わせはよかったのではないかと思います。
能海さんと取り組んだ仕事の中で2つのことを取り上げてみたいと思います。
1つは、台湾の台北市との交流です。松江市は市町村合併して牡丹が市の花となり、旧八束町が取り組んでいた台湾への牡丹の販売を引き継ぎました。台湾では牡丹は富貴の花として珍重されていますが、気温が高いため開花しません。そこに目をつけて、旧八束町では牡丹の開花時期の調節方法を特許として取得し、開花調整をした牡丹の苗を販売していました。私も、毎年、旧正月前の台北建国花市に出席し、牡丹の宣伝を行ってきました。その努力が認められ、2010台北国際花博覧会のメインの花として牡丹が採用されました。そして、それを契機に台北市との交流締結が実現できました。この仲立ちをしていただいたのが能海さんでした。
2つはプログラミング言語Ruby(ルビー)です。Rubyと出会うきっかけは松江駅前のテルサ別館の活用策を考えることからでした。テルサ本館は国のお金で建てられ、その運営も国の外郭団体が行っていましたが、隣接して建てられた別館は、市の事業として建設され運営も市が行っていました。しかし、貸館業務がうまくいかず、特に2階部分はがら空きの状態でした。何とかいい方策はないかいろいろ知恵を働かせてみましたがうまくいきません。三鷹市などで成功していたSOHO(スモールオフィス・ホームオフィスの略)として個人に貸し出す事業なども考えましたが、都会と違って需要は全くありません。
そのうち、当時担当部長だった能海さんがある雑誌を持ってきて、こんな人が松江に住んでいるが、話を聞いてやってほしいと言ってきましたので、会うことにしました。プログラミング言語Rubyを開発した松本行弘さんという40代前半の青年と彼が所属する株式会社ネットワーク応用通信研究所の井上社長の2人が来られ、Rubyの話をされるのですが、ほとんどわかりませんでした。ともかくも、彼らの頼みは、ITに関係するいろいろな人が常時出入りできる場所をつくってほしいということでした。テルサの別館が空いていたので、そこを活用することにしました。あっという間にテルサ別館はIT関連会社で満杯になりました。予想外の出来事でした。というより、ITの世界でRubyや松本さんがいかに評価されているかが、恐ろしいくらいわかりました。テルサ別館を満杯にするという目的は達成しましたが、Ruby愛好者は日本だけでなく全世界に広がっているということを考えると、ルビーは松江の活性化にもっともっと貢献してくれると確信しました。
その後、Rubyのメッカ松江、Ruby City(ルビーシティ)松江というキャッチフレーズで松江を売り出し、たくさんの人に松江を訪れてもらうことはもちろんのこと、Rubyを使ったホームページの作成、図書貸し出しシステムの作成、ワールドカンファレンス(世界大会)の松江開催、プログラム作成の中学の授業への採用、Rubyアソシエーションの設立などを次々と企画し、実現することができました。松江の新たな文化として定着し、育っていってほしいと思います。
能海さんは、たまたま雑誌でRubyや松本さんのことを知っただけだと言っていますが、私から与えられた課題と幅広い交友関係から得た情報を的確に結び付けた彼の判断力がしからしめたものと確信しています。大きな実績を残していただいたと感謝しています。